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雲   [バリ Bali]

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「空海と密教美術展」に再び行った。
博物館に入る前にふと上野公園の空を振り返ると、面白い形をした雲がその上空にあった(写真上)。
ふと胎蔵界という言葉を思い出す。
いつもより曼荼羅を意識するように心がける。




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バリ島のアグン山、最近なぜかいろいろなところでこの山を見かける。
上の写真は数年前にヴァルター・シュピースが1930年代に住んだイセの村から撮ったもの。
アメリカ・ロケの時にふと立ち寄った書店で見たバリの本にこの村のことが書かれていてた。
シュピースはこの村に住み、野山を探検しインスピレーションを高めていった。
その地からこの山を観察したいと思いバリ再訪を待ち望んでいた。
念願のイセに宿泊したとき、深夜にひどくうなされ目が覚めた。
バリ滞在中は魔物が徘徊する時間にはベランダに出ることは今までなかった。
あまりにも強烈な夢だったので睡眠に戻ることを諦める。
窓からベランダを覗くとボウイ(犬)がいる。
この犬はいつもこの部屋の番をしていて、宿泊客が散歩に行く時も付いてきては何かから守ろうとしていてくれる。
ボウイの名前はこの宿を訪れるデビッド・ボウイに由来する。
ちなみにもう一匹はミック、ミック・ジャガーから頂いた。
他にもメガワティー元大統領なども宿泊している。
ボウイはベランダの隅で丸くなっていた。
何かがやって来ればきっと守ってくれるだろう。
ドアを開けるとボウイの耳がかすかに動く。
ソファに座り月明かりに浮かび上がったアグン山を見る。
驚く。。。
富士山のように奇麗に広がる山裾、その山頂真上にくっきりとドーナッツ型をした真っ白な雲が浮かんでいる。
雲はコンパスで描かれたように、完璧な円形をしている。
そしてこれもまた計ったかのようにこの山の頂きの寸分狂いもない中央にこの雲は存在している。
風はない。

これは山からの、島からのメッセージだと考えた。
その意味を理解したあと、この光景を写真に納めようとしたら雲は消えるだろうと感じた。
案の定その通りだった。
バリでは撮っていいものと、撮ってはいけないものが存在する。
与えられたメッセージはその人の心の中にだけ残る。
絵描き、作家、音楽家、写真家達はそこから受けたインスピレーションを元に新たなる世界を創っていく。シュピースは森を歩くことでこの山と対話し、彼にしか見えないものを描き続けた。
世界にはそのような人と自然が対話できる場所がまだ残っている。


シュピースを書いた本の一節がとても印象に残っている。

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フランスの哲学者レヴィ・ブリュールはその『原始神話学』で、魔術的思考というある特別な精神の能力こそが人間の根源にあるものであり、芸術の起源となる神話的な知をモデルに事象をとらえてゆけば、そのことで世界が目覚めさせられ、世界が見たこともない刺激的なイメージの場に変容してゆくのだろうと指摘した。シュピースがさまざまな手法やメディアや形式を使った複合的にバリでおこなおうとしたことは、まさに魔術的思考を再生させることだった。個人の無意識を通じて世界の無意識へ入り込み、世界を陶酔させ、再び覚醒させる。
ミクロコスモスとマクロコスモスを時空の枠組みを超えて躍動的につなげてゆく思考の力が、我々の内部の奥深いところで蠢き、噴出するのを待ち構えている。その力こそが実は我々を動かし、そこで我々の肉体の変調が宇宙の変化と共振しあっている。その想像力のメカニズムこそ。我々自身と世界の両方を同時に直感的に理解する糸口が秘められている。
シュピースはバリという生きた磁場が孕ませる魂の自己表出の仕組みを洗練させ、個と共同体をともに健全にさせる仕掛けを美として表明しようとした。その人間の生を組み替えてゆく彼の営みから、我々は多くのことを汲み取ることができる。
『バリ島芸術をつくった男 ヴァルター・シュピースの魔術的人生』伊藤俊治著 / 平凡社新書
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この文章を読んだときに空海の曼荼羅を思い出した。
そして再びこの本を開いた瞬間に、上野公園の雲を思い出した。
ブログ読者にはこのアグン山の写真を見た人は多いだろう。
HPにもあり、カメラマガジン8号の表紙にもなり、ガムラン公演のフライヤーにも使われた。
僕にとってはこの写真は縁結びの力を持っている。
そしてこのような力をもった土地と出会えることが楽しみであり、絶えずそのような自分であるために日々を生活しようと考えている。
明後日からは瀬戸内。
どんな雲と出会えるだろうか。





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