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出雲で神楽   [旅  Travele]

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久しぶりに出雲で神楽を見た。

須佐神社は出雲地方の山あいの地にある。
須佐之男が「この国は小さい国だがよい国だ。自分の名前は岩木ではなく土地につけよう」と言って須佐と命名し、この郷に住み、終焉の地となったところ。


前回も新嘗祭の日に来た。
包み込むようなその場の気持ちよさや、厳かな儀式、村中で楽しんでいた神楽の思い出とともに、いまでも鮮烈に覚えていることがある。
黄色に染まった落ち葉を片付けている男性に話しかけたとき、その目を見ると驚くほど澄んだ瞳をしていた。瞳のなかに吸い込まれてしまうと思ったことは過去にも、それ以降もまたない。やはりこの場所は特別なのかと思った。

出雲大社の裏道でも、古い歴史を持つ神社を取り巻く道でも、ゴミひとつもなく掃き清められていることにもいつも驚く。神在祭の時期はテレビの音さえも神様の話し合いの邪魔をしないために小さくすると聞く。ラフカディオ・ハーンが体験した感動はいまでも残っている。

須佐では須佐之男が暮らし、出雲の国は大国主命が活躍した。
この地では神様は、かつてここで生を受け、活躍したヒーロー。
いまでもヒーローのままで生きているように神楽を見るたびに思う。





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鴨入り大根鍋とお酒がふるまわれる




時の狭間 Bali [旅  Travele]

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井戸     [旅  Travele]

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「砂漠が美しいのは、どこかに井戸を隠しているからだよ」  サン・テグジュベリ『星の王子様』より


旅とは井戸を探す行為なのかもしれない。



たたずみ   [旅  Travele]

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雲の家路   [旅  Travele]

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宇佐へ   [旅  Travele]

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以前にfacebookで宇佐公康氏のことをコメントしあっていたら、結果的にその孫娘である友人達と大分の宇佐神宮に行くことになった。

神話に登場する「因幡の白兎」は、当時勢力が強かった和邇族(ワニ族)と菟族(ウサ族)と争いのあと、大国主命がウサ族を助けたという話が元になっているという。
また月にウサギがいるのも、月の観測を受け持っていたのが宇佐族だからという説もある。

宇佐神宮の本宮は御許山の山頂にある大元神社。
古代、ここに女神が降臨したのが伝説の始まり。
山頂には巨大な石棺があり、ここに卑弥呼が眠っているという説もまたある。
神社の奥にさらに鳥居があり、神域は鉄線で囲まれここから先は神主以外は入れない。
真夏の山をトレッキングする。
暑い、そして山の気配が変わっていく。
雨に濡れた道、足を滑らせれば谷底へと続く。
巨大なヒル、イノシシなどに遭遇しながらようやく山頂へ到着。
そこには樹もない、まっさらな空間、広場があった。
その広場を中心に山頂の世界は展開する。
一方には大元神社があり、その奥に石棺が眠る。
その対角線上に大元八坂神社があり、スサノオが祀られている。
また、広場の中心で直角に交錯する参道。
その上空は地上から太陽まで縦の線が繋がっている。
古代に神の住む山として崇められてきた神奈備山のマジックなのだろう。

山を下ると宇佐神宮へと向かう。
目的地は御鍛冶場と呼ばれる大きな池の畔にある霊泉の湧くところ。(写真本文下)
全国で信仰篤い八幡様は、この場所に現れたのが始まり。
宇佐家の人達に様々なことを聞くと、この霊泉で清めるのがとてもいいとアドバイスされた。
写真には地面に赤いものが三つ写っているが、これが井戸の蓋。
これを開けて、柄杓でその水をすくい、手に、頭に、祓いの水をかける。
水をかけると、なぜか不思議な匂いが身体から湧き出てきた。
「千と千尋の神隠し」で、湯屋で汚れた神様に湯を浴びてもらい、穢れを祓い、清らかに生まれ変わってもらうというシーンを思い出す。

旅の最後の夜に友人がお世話になっているというある会社の会長と食事をする幸運に恵まれた。商品を聞けば誰もが知っている会社。
「縁ありて花開き、恩ありて実を結ぶ」
まさにこの旅をしめる最高の言葉をいただいた。

食事の前には一本の電話が鳴った。
東京の編集部からだった。
「小原さん、来週大分に行ってもらえませんか?」
新しい旅が始まる予感に胸が高鳴った。




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場所   [旅  Travele]

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空を見上げることが人よりは多いのかもしれない。
あの雲にはどんな表情があるのだろうと考える。
目の露出計をオーバーにしたり、アンダーにしたり、風に乗せてみたり、太陽と遊ばせてみたり、視点を変えることにより、ひとつの雲を空いっぱいに、あるいは時間を繋げることによって様々な表情があることを知る。

これは生き方にもつながると思うようになり、自分が置かれている現象が、喜びも悲しみの瞬間も、雲と同じように例えられるようになり、広がりのなかで考えられるようになった。

数日前の大雪は我が家では20センチほど積もった。
1月中旬にクルマにぶつけられた肩のリハビリはまだ続いていて、翌朝の道路の凍結を考えるといまはその痛みを忘れて雪かきをしなければいけなかった。
翌日は凍結を心配したのが嘘のようによく晴れた。
雪を積み上げたアスファルト横の土をよく見ると、5センチほどの小さな新芽が数日前よりはるかにキラキラと輝いていた。
あらためて雪が大地を豊かにしたことを知った。
そしてその小さな青の輝きは僕の大切な被写体となった。
頑張って雪かきをし、雪のなかにいたからこそ、雪の下から芽吹いたエネルギーをより感じたのかもしれない。とても嬉しい気分になった。


友人からメールが届いた。
ハワイに関する著書が何冊もある今井栄一君。
アロハの師匠であり、ときに旅のパートナーである。
メールはここから始まる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

きっと好きだと思うので(笑)。

敬愛する批評家、故スーザン・ソンダグの言葉です。
(訳は今井)

Move around. Go traveling.
Live abroad for a while.
Never stop traveling.
If you can't go far away,
in that case go deeply into places you can be yourself.
Even if time is disappearing, places are always there.
Places compensate for time.

移動しなさい。旅をしなさい。
異国にしばらく暮らしてみなさい。
旅することはやめてはいけません。
もし、遠くへ行くことができなくても、
そんなときは、
あなたが「自分自身に戻れる場所」「自分の心と向き合える場所」で、
深い時間を過ごせばいいのです。
たとえ遠くへ行かなくても、旅はできるのです。
時間はどんどん過ぎていきます。時間はなくなっていく。
でも、「場所」は常にそこにあります。
「(旅の)場所」は、なくなりません。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


この日、僕はベンチで雲を眺めていた。
まさに場所のことを考えながら。

自分の心と向き合える場所、深い時間を過ごす心。

見えないからこそ、見つけられるかたちもまたある。
心のなかに聖地さえ作れたら。




ふたたび奉納カメラマン   [旅  Travele]

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「諏訪湖完全凍結」
ニュースでその映像を見た瞬間「行こう!」と閃いた。

その前週にも長野で撮影があったが諏訪湖にはよれず、高速道路を走る車の後部座席から雪化粧をした夕暮れの湖を「撮りたいな」と思いながら眺めていた。

現在修理中のために手元には代車。
その車には運良くスタッドレスタイヤが付いている。
ネットで地図を検索したら、1月に何度も行った鎌倉と葉山、毎年厄よけに通う寒川神社と、諏訪大社は直線上にあることも発見。レイラインかもしれない。
これは「行け!」ということだと直感カメラマンは納得。

『レイライン(ley line)は、古代の遺跡には直線的に並ぶよう建造されたものがあるという仮説』というのがウイキペディアの説明。
歴史マニアにとって日本で有名なのは「御来光の道」とか呼ばれる北緯35度22〜26分上にある神社やパワースポット。春分秋分の日に太陽はこの道を通る。
千葉の玉前神社からあがった太陽は、神奈川の寒川神社、富士山頂、山梨の七面山、伊吹山、竹生島、丹後の元伊勢などを通り出雲大社から海へと沈む。
ちなみに夏至の日の太陽は三重の伊勢から昇り、京都上空を通過し、丹後の元伊勢に沈む。
このようなラインが日本にもたくさんある。
そしてそのラインの1本である「太陽の道」を発見したのが奈良に住む写真家の小川さん。
紀伊半島の太陽信仰を現すラインで、北緯34度32分上に存在する古代からのメッセージ。
後にNHKで特別番組が作られ当時話題になった。
学生時代には写真を選ぶか、考古学に進むか、さんざん迷った僕は繰返しこの番組を見て本を読みあさった。

2月1日の諏訪湖は雪が舞っていた。
対岸の山は白の世界に溶け込みまったく見えない。
カメラもフィルムもメモリーカードもたくさんあるのにシャッターが押せない。
とりあえず諏訪大社にお参りしてからその日の行動を考えることにした。
大社は4箇所の神社を持つ。
上社の本宮と前宮。
下社の春宮と秋宮。
何も考えず行ったのが下社の秋宮。
平日なのに、雪が降っているのに、広い駐車場が満杯。
どうしたことだろうと思っていると白い装束に身を包んだ人や、色鮮やかな服を着た神主さんが雪の中を歩いてきた。
祀りが始まる!
奉納カメラマン復活。

巫女さんを見つけ、今日の儀式の説明を聞く。
遷座祭の神事とのこと。
素朴な笑顔がまたいい。
降る雪に赤の袴も、寄せ付けない神様の空間に人の温もりを感じるようでもありほっとする。

この日、神様は秋宮から春宮へと引っ越しをする。
一部始終を見る幸運に恵まれ、神様と神主さん達の行列を春宮まで追いかけることにした。
秋宮で始まった雪まじりの厳かな儀式は、宮を春に移すと、その神事の最後には空を青く輝かせた。
午後3時、引っ越し完了と共に快晴の空。
一足早い春が来た。

急いで湖に引き返すと夕方6時まで撮り続けた。
そのほとんどはフィルムカメラ。
久し振りに撮影済みのフィルムを積み上げた。
出版社の写真部にいたとき、今は亡き部長に「馬の餌ほどフィルムを使うな。経費を考えろ」と言われたことを思い出す。
部長のことを思い出すためにはたまには大量にフィルムを使わないといけない。

諏訪湖は意外に東京から近い。
またすぐに行きたくなった。
箱根、鎌倉、そして諏訪。
近いが深い。
そしてどこか懐かしい。





樹と山と湖と   [旅  Travele]

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箱根にはまっている。
昨日もまたおだやかな光に包まれた芦ノ湖に沿って探索。
ハイキングのように目的地は決めず、空気を吸って、森の気配にシャッターを押すだけ。
人から見たら餌を探してうろつく熊のようなものかもしれない。
山を感じる場所、水を感じる場所、数メートル歩けば景色が違う。

新聞社の記者と思われる人がガイドを連れて取材をしていた
古木の前で「この樹の前に立って手をかざすと温かさを感じる人が多いですよ」と説明を受けていた。
試してみると確かに温かい。
歩きながら大きな樹を見つけると何度か同じことをしてみたが、やはり温度を感じる。
森は温かい。

木に耳を傾ける事を知るものは真理を知る。
木は教養も処分も説かない。
木は個々のことにとらわれず、生の根本法則を説く。
ヘッセの言葉を思い出す。

夕暮れ、仙石原のススキの草原を抜け、138号線を御殿場へと向かう。
このワインディング・ロードはときに富士山の腹の中へまっすぐ進んでいくようなダイナミックな光景に出会う。
圧倒的な存在感。

山に耳を傾けたら何を語ってくれるのだろう。
僕の思考と時間は止まってしまった。
また会いにいこう。





104歳のおばあちゃん   [旅  Travele]

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     自分がなぜ生かされているのかわからずに生きているうちは、人生ではありません。
     それはまだ、人生の手前の状態。子供と同じです。
     わたしたちはみんな、理由があって生かされています。
     でも、わたしにもその理由はわかりません。だから。わたしもまだ人生の手前にい
     るようです。

     『104歳になって、わかったこと。』手島静子  取材・構成=今井栄一 




手島さんはハワイ島「てしま食堂」の看板娘で104歳。
日系2世で食堂の開業は1940年。
今頃になってやっとわかることばかりだと言う。

友人の今井君がおばあちゃんに会いたくてこの本を作った。
読もうと思いページを開くと、少し感覚が違った。
この本はおばあちゃんの言葉と対話することが大切なのだと気がつく。
何気なく手に取るとその時にぴったりの言葉が現れる。
お気に入りの食堂で美味しそうなメニューに巡り会った感覚にも似ているのかもしれない。


写真家には文章表現の上手な人が多い。
撮り手はある風景を目の前にしたとき、さまざまな感情が沸き上がり、他の人には見えない光景をそこに見つける。
その気持ちをただ文章にすればいい。
今井君は優れた書き手であるとともに、撮り手でもある。
表現者としてとてもいい仕事をしている。
素敵な風景をハワイから届けてくれた。


ハワイのおばあちゃんと対話する感覚が気持ちいい。
そこに見つけた光景は自分の風景かもしれないが、そこから生まれた作品はおばあちゃんの料理でもあるように思った。




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歴史   [旅  Travele]

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来週ある歴史上の人物をイメージしながら瀬戸内を撮影する。
資料を集め、物語を読んでいる。

子供の頃は歴史が好きで、将来はその道に進みたいと考えた。
時代を超えることにロマンを感じた。
いまはまた違った視点で歴史を読む。
人が、時代が起こした悲劇を見つめながら。

福島のこと、放射線、企業と政治。
後世の歴史家はどんな解説をするのだろうか。




ボサノバ   [旅  Travele]

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蓮にはまだ少し早く、紫陽花には少し暑い。
求めると逃げ、忘れるとまた近づく。

気だるさの残る夕暮れ、撮ることを無理に忘れる。
コンビニで買った赤ワインの小ビンをポケットに入れ、波打ち際で水平線をさがす。
波の繰り返しに、ボサノバのリズムが踊る。





富山〜奈良〜大阪〜徳島   [旅  Travele]

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ネオンの消えた東京と違い、大阪はまるで異国のように賑やかだった。
徳島のスーパーには玉子も納豆もたくさんあった。
どこにいても震災や事故は起こりえる。
戦争や飢饉といった時代や国もある。
平和とは、繋がるとは、、
たくさんの笑顔に癒された旅だった。



(撮影、取材、した内容は雑誌発売日にお知らせ)

コウモリの飛ぶ島   [旅  Travele]

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飛行機を乗り継ぎ、船に揺られていると、遠い記憶と現実が頭のなかでシャッフルされる。
島でみた夢は展開の早い小説のように、あるいは波に翻弄されるカヌーのように僕の視点を泳がせる。

夕暮れの島は風が吹き荒れ、空は暗かった。
闇に浮かぶ赤い花を求めることから旅はスタートする。
過去と今を結ぶ血の色。
亡き作家に「日陰にそっと咲く赤花を撮ってくれよ」と沖縄本島で言われたことを思い出す。
花は彼の岸にそっと咲く。



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カラスかと見間違うほどの大きなコウモリが空を横切る。
顔は予想より怖くはなく、後方にある森の豊かさを知る。
あの森に人は入ることはできない。
トレッキングもカヌーもそれは境目を歩くもの。
古代の人達が山を崇めたことを漠然と感じる。

朝は懐かしいバリの匂いがした。
そして明け方にみたバリの友人達の顔を思い出す。
20年間のバリの旅が、夢のなかで複数の短編映画のように蘇る。
合間には友人デワ・ブラタがメロディーを優しく奏でる。
「耳の悪いコハラのために作った曲だよ」と笑いながら。

カメラを持つことは出会いを作ることであるけれど、「撮る」という意識は出会いを制限することでもある。
その意識の「ずれ」を修正し、本来自分が持っている感覚に近づけたい。
それが「感性の瞬発力」にも通ずるし、「ずれ」が「間」に変化すれば自分の意図する写真になると思っている。

以前ハワイから帰国する飛行機のなかで、後方に座っていた家族連れの母親が子供にむかい、「旅は終わったから頭を現実に戻しなさい」と言っていた。
そのときの言葉がいまでも忘れられない。
ここで言う現実という狭い定義の中で僕達は教育された。
瞬発力もなく、ずれた言葉。

優雅に飛ぶコウモリは笑っているように見えた。




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南へ   [旅  Travele]

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来週末は沖縄。

最初は仲間達のガムランに行く予定だったがこちらはドクターストップ。
ということで作品を撮りに南へ。
沖縄本島に行くことを考えていたが、竹富島に住む友人の東京でのライブを聴いたら八重山に行きたくなった。
石垣島へのフライトを予約し、竹富島のガイドブックを見ていたら、ふと「西表島だ!」閃くものがあった。
写真展、作品などのことを考えても緑濃い島を撮りたい。
宿、レンタカーを予約してすでに心は西表島。

レンタカーは軽自動車にした。
昔から憧れていたものがあり、それは離島に住み、軽トラをまるでビーサンを履くかのごとく軽やかに運転する。
荷台には犬が乗っていればなおいい。
ヤギでもいい。
そんな生活はまだできないけれど、ちょっと楽しみな南への旅。

(写真は奄美大島)




☆ お知らせ ☆
3月6日、江東区文化センターにて、深川バロン倶楽部が演奏とワークショップを行います。
ガムランに触ってみたい、バリ舞踊を体験したい方はぜひ!
http://www.kcf.or.jp/koto/concert_detail_010100300069.html

廻る時   [旅  Travele]

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土曜日から久しぶりの九州。
福岡から熊本にかけての旅。
今回のテーマは深く、その道案内は高千穂出身の作家高山文彦さん。
バリや沖縄、熊野に出雲などと魂がプルッと震える島や土地もあるが、九州にいると幸運なことや不思議な出会いがいつもある。
今回も流れに身をゆだね、しっかりと観察し、人の心を写してきたいと思う。

旅先で心が潰れそうになったとき聴く曲がある。
沖縄の古謝美佐子さんの唄。
誰をも包み込むような明るさは太陽の女神のようであり、疲れた心を癒す優しさは月の神様のようである。
その唄声には癒しの波長があるいう研究データもある。
縁会って雑誌の撮影にも何度も協力していただき、「廻る命」のジャケット写真も撮らせて頂いた。
はじめて聴いたときの感激、二年前、一年前、そして今と、感動の広がり、心への染みかたがあきらかに違っている。
古謝さんのような唄に、僕の写真が成長するのはいつのことだろうか。
哀しみも希望も、天も地も、繋いでいく写真を撮っていきたい。



ーお知らせー
深川バロン倶楽部 
国立劇場「舞い、踊る獅子たちIII」に出演
http://www.kt.rim.or.jp/~maktori/gamelan/


リフレッシュ   [旅  Travele]

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24時間というのはオーバーだが眠るとき以外はカメラを持っていた。
移動中のクルマの中でも助手席から絶えず写真を撮っていた。
どんな瞬間にも、どの場所でも、風が吹き抜けるように景色が微笑む。

チャレンジするときは心が豊かになっている。
この感覚を再び思い出した。
東京であれほど苦しめられた耳の痛みもない。
湿度のせいかもしれないが、さまざまな要因が心を和らげる。
すべてはチャレンジから始まった。

クムフラ(フラの先生)の話すこと、そこにながれる空気感はバリの舞踊家にも似ていた。
フラの風は西に流れ、ガムランの調べが東へと向かう。
ハワイは横軸の島であり、バリは縦軸の島だと思ったことがある。
いまでは、ともに丸い円の島。
縦にも横にもエネルギーが溢れてくる。

ハワイの年寄りはみな元気だと友人が言っていた。
84歳になってもヨーロッパにワークショップを受講しに出かけ、まだまだ新しいことを習い続けている人もいるという。
あらためてチャレンジこそ心の栄養だと思った。
写真もガムランも、生きることも頑張ろう。
それが一番のリラックス。







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帰国   [旅  Travele]

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ハワイ島で最初に訪れたのは、かつて歴代の王達が眠っていた断崖の墓所。
当時には真下に深い海が広がっていた絶壁の地は、聖地という表現では何かが足りない。
風の音の中に息吹を感じ、断崖には無数の目を見つける。
ハワイでも知られた活動家であり、王の血を継ぐ人物がチャント(祈り)を捧げる。
僕はハワイにハワイアンに尊敬と感謝の気持ちで、王と大地とハワイアン祈りが作りだす結界のすぐ側でゆっくりとシャッターを押していく。
この音もまた祈りの音。

オアフ島では西のカフマナの町に泊まる。
オーガニック畑の北側にはジュラ紀を思いだすような切り立った山々が続く。
この山にも不思議な力が漂っている。
夜はいろいろな夢をみた。
僕はかつてこの地でカヌーに乗っていたような記憶の断片。
現実と幻が交互にやって来ては、闇の中へまた消えていく。
まるでハワイアン・マジック。
ここで知り合ったクムフラ(フラの先生)には知りたかった「ホ・オポノポノ」についていろいろと教えてもらう。
翌日にはフラまで踊ってもらいオハナ(家族)として迎えてくれた。

心の芯が太くなり、しなやかになった気がしたハワイ。
日本に戻り、自分自身のことを振り返る。
クリントンは大統領時代に、アメリカがハワイを奪ったことに対しての謝罪をした。
薩摩に日本にアメリカに翻弄された沖縄を思い出す。
許し合うこと、闘うこと、愛すること、祈ること。
ハワイで身体の中を吹き抜けた風がもう一度やってくる。
これから何をしたらいいのだろう。
信じるものは何だろう。
絡み合った糸をほぐしていく。

僕にとってのハワイはこれからはじまる行動こそハワイだと思っている。

MAHALO NUI LOA




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ハワイへ   [旅  Travele]

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今週はハワイから来ているミュージシャンを2度にわたり撮影した。
とても優しい目をした人。
NPOでの音楽活動も盛んで、才能を世の中にかえすことをよく知っている人。
ハワイでの育った環境からかもしれないが、芸術はビジネスでないことをあらためて感じさせてくれた。

今日で夏から続いていた仕事の区切りがつく。
8日からいよいよハワイ。
こんな人に会いたい、こんな場所に行きたい、学びたい、という簡単なリクエストをハワイの友人達に送っていた。
ハワイからのメールはいつも驚きの連続。
絶対に会えない人や、その人達からはどこにもまだ紹介されていないパワー・スポットであり聖なる地への招待が舞い込んでくる。
ハワイに行くときはいつも少しだけ、ハワイへの想いをその地に流してみる。
細かいことは考えずハワイと自分とその先にあるものを信じてみる。
すると僕のカヌーは想いもよらぬ大きな流れにのっていることを知る。
今回はまたすごい旅になりそうだ。
帰って来るか心配であり、楽しみである。




ハワイの歴史、先祖や土地の魂を守っている人達から学ぶハワイアン・スピリットは僕の魂をよりクリアーにさせてくれるだろう。それが僕の財産。

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動き   [旅  Travele]

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気がつけば、ハワイに行くのは再来週だった。
昨日はその打ち合わせ。
ハワイではこんな人に会いたいという要望をだしていたら、予想以上にハワイにとってもこれからの自分にとっても大切な人達に巡り会えた。
またこのブログを読んで頂いている方からも大切な情報を教えていただきとても感謝している。
そのエリアが今回の取材のなかで需要なポイントになるために、驚きながら今回の旅の流れを感じている。
なにかが動く予感。

シノム(ガムランの曲)を歌えるくらい繰り返し聴いている。
人生を取り巻く風のような曲。
僕はいまどのフレーズを歩いているのだろうか。




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